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レース体験記:ブラジル・ジャングルマラソン
挑戦者: 石原 義昭
レース: 第7回ブラジル・ジャングルマラソン
期間: 2010年10月7日〜10月16日
ランキング: 総合17位(60代2位)
合計タイム:47時間32分

以前参加した海外のレースで、ジャングルマラソンに出場したシンガポールの若者が、足や手の傷を見せ、ジャングルマラソンの凄まじい大会の様子を話していたのを聞き、是非一度出場したいと思っていたが、機会を得る事ができず今回の出場となった。

日本人参加は初で4人。1人目、マラソンの好きな鈴木君(大学3年、22歳)はサハラマラソンの完走経験者。2人目、大学院生の小嶌君は世界一周を計画し、種々の体験をしたく手始めにジャングルマラソン参加とか。かなりトレーニングを積んだとの事だが持ち物には不備有り。
3人目は脱サラし経営者を目指す中野さん(33歳)。2人の子供のパパさん。2ヶ月で20kgの体重減をするトレーニングを行い、この大会に臨んでいる。

私は、世界各地の砂漠、山岳、南極、北極など、たいていの所は走っており、経験豊かであり、今度の大会も楽しむ準備はできているが、持物の医療用キットが多く、今までの経験から明らかに必要でない数と物が有った。現地の住民参加者は例外なのか、ハンモックと食料しか持っていない様子だった。

日本より現地入りまで

まず、便が少なく成田で半日待ち、アトランタで飛行予定時刻7時間遅れと2日かかってやっとサンタレの集合場所に着。ホテルで1泊、サンタレの田舎町を散策したり食事をしたり、そんな日常的な事もトラブル続き。エビと魚を頼んだのに牛肉と鶏肉料理が出たり。

10月7日23時出港のため3艘に乗船し、ハンモックを吊り睡眠するも予定時間に出港せず。団体1組が遅れていたらしく、夜明け近くになり上流に向け出港。途中休憩で川に飛び込み、遊んだ後再度出発、目的地の小さな村に入る。屋根のある所にハンモックを吊り、1泊キャンプ。

翌日になり、荷物チェック。食料不足等の指摘を受ける者等、多少のトラブルもあるも全員OKとなったが、チェックする人によって見解や基準が違うのはどうにかしてほしい。一部の人を差別しているとしか思えない。

ゆっくりとアマゾンを楽しみ、もう一泊と思い就眠し夜明けになり、レーススタートと思いきや、私の勘違いでもう一泊するらしい。この日はジャングルでの注意事項。

トゲの有る植物、毒蛇、アリ、ヒル、野豚、ピューマ、そして水の摂取、浄水用タブレットの使い方、小便での健康チェックのしかたとか…etc.。1・2日こんな事も有り、私の食料は予定より1日分少ない事がわかったがどうしようもない。小嶌君においては、まったく不足だった様子。

他の日本人に私の体験でのレースの運び方や足のトラブル防止法などをレクチャーするも、まだ実感が無い様だ。
レースが始まり、自分に事が起きた時に分かるだろう。

初日(15.04km、川渡り1、沼地1)

2日間はゆっくり体をならせとの事だったが、ほとんどの者はダッシュ。第1エイド、第2エイドと15分は休憩の義務。さすがに暑い。草や木で傷をしないよう長パンを付けたため、特に暑いが、身を守るため仕方ないか?

今年は4月の「オーストラリア250km」で熱中症になり、7月の「夜叉が池135km」でも熱中症になり死ぬ思いをしたので、こまめに給水と共に電解質を取るように気を付け、ゆっくり進むも飲んだ分だけ汗が出る。

鈴木君は7位ゴール、私は36位?私は足も熱中症も大丈夫、ダメージなし。日本人全員ゴールするも多少苦戦している様子。

レース2日目(23.85km、川4ヶ所、泥沼2ヶ所)

今日も短く25kmだが、沼有り、アップダウン有りとジャングルを満喫。時々花の写真を撮ったり、今日もゆっくりゴール。毎日川の近くでキャンプなので、汗を流し、洗濯するので砂漠より衛生的で快適。そこらにアリがおり、かまれる。意外と蚊は少ない。ハンモックも意外と快適に休めるように慣れてきた。
現地の人以外の者は、早くも足のマメの治療。メディカルも忙しくなってきている。私は手にトゲが多数刺さり、注射針を使って抜いて消毒してもらう。
マッサージしてくれる人が2人常備され、オイルマッサージをしてもらい、水浴、洗濯。
予定通りだが、ジャングルは実距離より2倍位の距離が有るように感じるし、時間も掛っている。

3日目(35.25km、泥沼2ヶ所、川2ヶ所)

ジャングルの様子、レースの進め方が分かり、いよいよ60才以上年代別1位に向け対策を取るべく、60才以上の人をチェック。今日の所では現地の一人とは同格、1人白人(リチャード・カンバース、英国人?)で63才でとんでもなく早い人が居る事が分かる。奥さんがボランティアで付きっきりでサポートしており、ウルトラ山岳100kmのTシャツを着ており、一見するだけで只者ではない事が分かる。(足のマメも無く、体も元気で余裕有り)
初日19分、2日目1時間4分、3日目1時間11分と差が開いていっている。
泥沼地2ヶ所、川渡り2ヶ所、35.25km、足の負傷者も多くなってきた。川を渡る時、ザックは防水袋に入れたが、うっかりデイバックを腰に付けたまま入水してしまい、カメラが水没。
以後、記録写真が撮れなくなり、好きな動植物の写真も撮れない。悔やまれる。

4日目(23.98km)

スタートが川渡りで始まる。
ジャングルの森の中は日陰なので気温は30度前後と比較的ましだが、10lの水分を採ると10lの汗が出る。体液がこのレース中に全部入れ替わる計算になる。
今日もリチャードに22分差を付けられる。

5日目(89.45km、川5ヶ所、夜に泳いで渡る所有り)

オーバーナイトステージ。日本人他の3人にはレース方法を伝授したが、どこまで実行出来る体力、精神力、テクニックが有るか、勝負はオーバーナイトで決まる事も伝えており、出来るだけ休まず、寝ないで前に進み続ける事。食事も歩きながら採るくらいの計画で・・・。
私の言う事をしたくても足のマメや走行時間の割り振り(日中の暑いときは体力温存、夜涼しくなったら休まず走る事)etc.が50%もできなかった様子。
私は19時間24分(AM1:45分ゴール)リチャードは18時間03分、勝負あり、完敗です。以前の私ならなんとかなったが、今の私の心臓を思うと今無理は出来ない。これで年代別250kmシリーズ11戦中9勝、2位2回となった。
ゴール後、ハンモックも吊らず砂地で夜明けまで寝る。寝ずに前に進めと言っておいたのに、昼になっても日本人は誰もゴールしてこない。苦しいだろうが全員無事ゴールしてほしい。
完走して自分の中の何かを見つけてほしい。鈴木君、私より10時間30分遅れの29時間53分でゴール。そして以外にも次に小嶌君が34時間36分で、そして中野君、35時間1分と無事ゴール。「やった!!」と声が出る。日本人全員完走を目標にしていたので、私の役目は完了した思いでいっぱい。
(オーバーナイトステージの私以外の様子は、中野さん小嶌さんのブログを見て下さい。)
私の言う事の半分でも実行していたら、こんなに苦労しなくても良いものを。しかし、自分で招いた事を自分でクリアーしたんだから、それの方が思い出になって皆さんには良かったかも。
明日は川岸の砂地を32.77km進む事を残すのみ。マメの出来た足には過酷な1日になるだろうが、皆頑張ってほしい。

最終日(32.77km、砂地)

私は、60才代で1位になれず完敗です。残り1日楽しむのみ。のんびり、ゆっくり足を運ぶ。
今日は小嶌君が頑張り、日本人トップでゴール。皆それぞれにマイペースでゴールする。

1位はアンドリュー君、    31時間43分
60代1位、リチャード    42時間43分
私、石原は17位(60代2位)47時間32分
鈴木君 36位        58時間36分
中野君 49位        69時間45分
小嶌君 50位        70時間10分
以上の結果でした。

・釣具まで持参したが、ピラニアを釣って食えず。
・カメラ水没、写真は2日間しか記録なし。
・年代別1位にならず。
・大会後、リオ・デ・ジャネイロでの予定していた観光・買物が出来ず。
・帰国2日後の「伊南川100km」完走は自分を褒めてやりたい。

以上
石原義昭

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