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サハラマラソン挑戦記
挑戦者: 川畑道子
レース: 第32回サハラマラソン(モロッコ)
期間: 2017年4月9日~15日 7日間6ステージ走行距離合計:237Km
成績: 総合順位381位 合計タイム:40時間33分13秒 (日本人女性1位)
日本人ランナー:47名(内棄権5名)

川畑道子ランナー川畑道子ランナー

ランニングを始めたきっかけ

7年前の2010年の12月中旬からランニングを始めました。40歳過ぎた頃まで運
動らしい運動もしてこず、学生時代から読書や音楽鑑賞などインドアで過ごす事
が多かったが、増え続ける体重、鈍る体に一年発起。
ランニングを続けながら少しづつ距離を伸ばしてゆき、翌年にはハーフ、フルマ
ラソン等レースにも出はじめ、2012年の東京マラソンに出場してからはさらにマ
ラソン熱に拍車がかかりそこからはウルトラマラソンなどへも挑戦しました。国
内のレースでは「えちごくびきの」「野辺山」「奥武蔵ウルトラ」などが気に入
っている大会です。

サハラマラソンとの出会い

2013年、飲み&登山仲間である友人Aさんが、その頃、超距離を走れるラン友を探していた私に、『1週間も砂漠を走るすごいレースに10回以上出続けている知人
がいるんだけど今度3人で飲まない?』

それが、今回のサハラレースに同行してもらった羽隅さんと知り合うきっかけで
あり、サハラマラソンとの出会いでした。

最初のうちはその過酷過ぎるレース内容に驚くばかりだったのですが、サハラが大好き過ぎる羽隅さんの話を聞いていくうちに、自分も広大なサハラ砂漠を1周間かけて走れるこの素晴らしいレースへのチャレンジをやってみたい…
自分の力を試してみたい…
自然にそういう気持ちが強くなっていきました。

準備と装備

実は、この年になるまで大の飛行機嫌い。今回のパリ、そしてモロッコ行きも初
海外旅行となります。
清水の舞台から飛び降りる覚悟で、去年の夏に初めてのパスポート取得。
羽隅さんを心で師匠と呼び、サハラの準備、トレーニングなどいろいろ相談させ
て頂いたので、とても心強かったです。
彼女の出場回数は日本人最多でしたから。

走力と体力の準備としては、前年3月と5月に100Kmの『伊豆大島』そして『野
辺山』ウルトラへの参戦。6月には78Km『奥武蔵』ウルトラ。
10月に『えちごくびきの』100Km、11月には『つくば』フル。
サハラを想定しての具体的な練習は、10月を過ぎてからとりかかりました。

具体的には、九十九里浜で荷物を背負っての20~30Kmラン。砂地での走リ方など、2回ほど九十九里浜へ足を運びシミュレーション。後はオーバーナイトを想定してのナイトランで90Km超えをやったことや(サハラOBの方の企画、有り難かったです)10Kgの砂袋を背負って10Km超を走る事が2回ほど、7Kgで30Km走が2回、シュラフで寝る練習等々。

暑さに対する練習は、季節的にできなかったけれど自分は南九州出身なので、そ
の点はなんとかなるのでは?とは思っていました。

装備   具体的反省点

もっと食べ物のことを考え、シミュレーションを積むべきだった。オニシのアル
ファ米、ほぼ全種類を持参したのだが好きな味に厳選したほうが良かったのかも
しれない。あと、パスタは自分はあまり腹持ちの良さを感じなかったのでその分
ラーメンやお米シリーズを増やした方が良かったかもしれない。

【 装備 改善出来る点 】

  • 腰の保護、快適さを考えて軽いクッション(膨らませるタイプ、100均のシートでは心もとなかった)
  • 軽量化を考えてスリッパを布と紙で出来たもので持参したが、コレが後で仇となる。ビバークでは何を踏むかわからないので、せめて固めで洗えるプラスチック製にすべきであった事を反省。汚物、トゲのある植物なども多く意外にスリッパは大事。
  • 大会からの必携品(鏡やポイズンリムーバー等こそ小さくて最軽量に絞っても良さそう)
  • 靴擦れ対策に大きめ絆創膏を一番取りやすい場所に入れる
  • やはり、ゲーターは靴のプロに頼んで縫い付けるべきであった。接着剤は一番強力そうなものにしたらギリギリもったがもつかどうかが最後まで心配だった。

【 装備 良かった点 】

  • レイドライトのバックパック30L、自分の体型は小さくてバックパックを背
    負うと肩ヒモが走るとどうしてもずれる。肩ヒモに細工をして緩衝材を巻き、胸の上のところでもバックルで止められるようにヒモを追加した。
    肩があまり凝らず、体にリュックが密着して走れたのはすごく良かった。

レースを振り返って

  • ワルザザード(モロッコ)からビバーク入リの際は、一緒のテントになりたい人同士で同じバスにのり現地入リした方が良い。
  • テクニカルチェックまではしょっぱなで暑さに体が慣れていない為に、頭が回らない。フランスにいる間までに荷物の整理をしておく。チェックを受けている間も、水分補給に気をつける。
  • 意外にビバークのブッフェスタイルの食事は、ボリュームあり。味付けは少しもの足りない事もあったが、感謝。
  • ベルベル人の皆さんは朝テントを畳むのが早い。
    朝の身支度をササッと出来るようにしておけば良いのだが、これが慌ててしまう。

【 ステージ1:序の口でもお初には辛い 30.3Km 】

スタート時は、皆テンションが高く自分は、周りのペースに流されて焦ってしまった。
サハラが初めての人は、自分のペースで自分の走りをする事に集中すれば良いのだとあとから思った。

何しろ、荷物は重たいし砂漠は慣れていないし暑さにも慣れる時間が必要。しか
し、ここで不甲斐ない自分の走りを悔しいと思えたことが、後へ行くにつれての
バネとなり力となったと感じる。

後から思えば、ステージ1は続く次からのステージに比べれば序の口であったが
微妙な登りも続き、水の補給も塩タブレットのとり方もタイミングもわからなか
ったので、ラストの長い直線では水が足りなくなり不安であった。しかし、慣れ
る為の大事な初日だった。

【 ステージ2:山の始まり 39Km】

前半は慣れて来たのか、快調。サハラを学んでいこうと初日とは気持ちを切り替
える。とにかく、熱中症には用心して早め早めに水と塩タブレット、ミネラル補
給に務める。自分の場合は30分に2錠以上の塩タブを、場合によっては4錠ぐらい飲むこともあった。水に溶かしても見たが、味が変わらない方が良かったので最終的には、錠剤のまま飲むことにした。

中盤までは、割合フラットで走りやすかったと思う。終盤、山が見えてからの踏
ん張りがこの日の肝。

エンドレスのように繰り返し繰り返し攻めてくる小砂丘群。乗り越え乗り越えし
ていくうちに、暑さと相まって奪われていく体力。摩擦で、足のマメも破れ靴擦
れもあたって酷くなる。

その後の岩登りは圧巻で、奥へ奥へと誘い岩山は高さを増す。
大げさではあるが、心蔵が口から出そうなくらい心肺が活動した。
師匠、羽隅さんと周りの選手と励まし合いながら進む。
やっとの事で頂上へと辿り着き、見渡した景色の素晴らしいこと!!
サハラ砂漠は広大に広がっている。

その後の砂丘下りは、ダイナミックにアトラクションのようにサラサラな砂地を
降りてゆくのは楽しい!

コースディレクター、パトリックさんの見せたいサハラをなんとなくわかった気
がするステージ2であった。

【 ステージ3:サハラ砂山・岩山超えの真骨頂 31.6km】

まさか、昨日の山超えのさらにさらに上をゆくキツさであるとは最初は想像出来
なかったステージ3。コ一スは昨日よりも7.5Km弱短いが、その分走ってみるとボリューミィな内容。スタートしてすぐの最初から、かなりな斜度の砂の崖を登る。そして岩山の項きに着いた時、見渡した景色の素晴らしさに、夢にみたサハラへ、ここまでたどり着くまでの日々を想い、泣けてしまったのである。

前を歩いていた韓国の方が気遣って、大丈夫ですか?と優しく声を掛けてくれた。たとえ他国の方であっても、ランナー同志、繋がっている気持ちがあるから嬉しい。

スタート時は、かなりテンションが上っているのか、スパイ大作戦のメロディを
ロずさみながら登る余裕があった。
しかし、山を下リもうひとつの岩山をさらに登る。
なかなかにハード。
砂地の下りなら、楽しかったが自分は岩山の下りがとにかく苦手。
ゴツゴツ尖った岩には恐怖を考じてしまう。

そこを降りて、フラットな大地をしばらく走ったら、また見えてきた登山ロ(笑)
砂山地獄。岩山ロープ登り地獄…と呼ぶのは大げさなのか?
本当に、リポ○タンD のCMの世界だと感じた。
体の全てを使ってもよじ登れないので、外の選手に助けてもらう。有り難い。
そしてまた、下りの岩山地獄で泣かされる。
雄大過ぎるサハラ。

そして、ゴールは遥か遠くに見えて、実際はさらにさらに遠い。
こんなに疲れたのに、なぜだかこの日から翌日にかけては一睡も出来なかった。

【 ステージ4:一昼夜~翌昼にかけてのロングステージ 86.2km】

とうとう来てしまったサハラ最大の長丁場。

もうかなり疲れてはいるが、今日いっぱいと明日の(多分)朝までは全力で闘うし
かない。

とにかく、エネルギーと塩と水、そして集中力を切らさないように。
半日は、太陽との闘いだった。

しかし、山の景色に、砂の柔らかさに、可愛らしい山羊のなき声に癒やされて、
なぜだかずっと集中して前に前にと足を進めることが出来た。
私の強さは、きっと長丁場、終盤からの集中力であると自分では思う。夢中にな
ればなるほど、体や足の痛みもそれほど気にならなくなってくる。

夜まで、意識がもってくれてなんとか怪我もなく、長い長いこの86Kmを走りきれたのは、きっと今回のサハラのコンディションがすごく良かったからだと思う。

ひどい砂嵐もなく、調度よい涼しい風がけっこう吹いてくれていた。
夜中に走っている最中外国選手たちとすれ違い、声を掛け合った。その時に『You are amazing!! 』と素敵な褒め言葉をいただいたのがとても嬉しかった最高の夜だった。

後でわかったが、この日は自分の最高成績、女子年代別2位になれた事がとても嬉しかった。
ああ、翌日の食べ物さえ、残っていれば。。。

【 ステージ5:最終マラソンステージも侮れない ハンガーノックとの闘い 42.2km 】

最終日の朝は、昨日の夜早めにテントについて、よく眠れたにもかかわらず足は
痛み、体はだるくてこんなんで本当にラストまで持つのか…、すごく疑問であった。

クリニックで足の治療をしてもらい体を横たえラストのマラソンステージをなん
とか走りきろうと決心した。
しかし、すでに食糧が残り尽きてきてしまっている。
気力で走るしかない。

スタートして、足がもう痛くてたまらず、これは誰かと一緒に走っておしゃべり
したりしながら元気を分けてもらおう。
とか思い、羽隅さんの位置を気にしながら合わせて走っていたら、更に足の痛み
が気になってしまい…
人から元気をもらおうだなんて、さもしい気持ちで走らずに、私は私の自分なり
の走りに集中しようと思い直し、まわりの景色を見渡したら、やっぱりサハラは素晴らしい!!

干上がった大地。ひび割れた大地。サラサラの砂丘。
こんなにも姿を変えて美しい砂漠まで広っている。

走っていて楽しいのは、自分の素のわがままなスタイルで走れること。
私は、ピアニストのように手のひらでキーを叩きながらメロディをかなで(ピアノ弾けないんですが(^_^;))サハラの風を感じ足はリズムをきざみながら、前半を気持ちよく走ることが出来た。が中盤、お昼すぎにあの大砂丘を見る頃には、急激にパワーが落ちてエネルギー切れになってしまっていた。
…こんなにお腹が空いているのに、もう食べるものがない。
ひもじい状能になり体に力が入らなかった。

終盤でたくさんのランナーに抜かされまくり、もう歩くしかない。
最後の日の朝食にしよう…ととっていたペペロンチーノパスタを仕方がないので
水で戻す。
これが、めちゃめちゃ不味かった…のは、後になっての良い思い出。

長い長いラストまでを走りきり、無事にゴールしてパトリックさんと抱き合った
時は、感動…というよりホッとした気持ちのほうが大きかったかもしれません。
オーバーナイトでは頑張れたけど、最後まで走りきることが出来なかった残念な
気持ちもあるし、よし!次は2年後のサハラにもう1度最多の食料をリュックに積んでリベンジするとしますか。

励ましあい、笑いもたくさんでとても楽しく過ごさせてくれたテント仲間との1
週間も、自分の中で自問自答した苦しい時間も、サハラの雄大で荒涼とした景色
を見れた事も、大事な大事な宝物。

大会を裏から表から支えてくれたAOIのスタッフの方々、最初の食事作りやらテン
ト設営から撤去も、トイレの後始末まで毎日頑張ってくださったベルベル人の皆
さん、日本から応援してくれたり、応援メッセージを送ってくれたお友達やラン仲間、妹や家族にも、伝えたい。

サハラを走らせていただけて
本当に本当に感謝です。

以上
2017年6月8日

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